この二人の対照的な建築について言及したい。この二人が、相反するスタイルで建築をしているかといえば正直言うとわからない。しかし、この肌で感じた感想を少し伝えたいと思い、この記事を作成している。両者の詳細は省略するが両者とも日本の、いや、世界の現代建築を代表する巨匠である。
先程、「この肌で感じた」と述べたのは忠雄さんの「情報学環・福武ホール」と、豊雄さんの大分農業文化公園を実際に訪れたことがあるからだ。簡単に感想を述べると、どちらもコンクリート等を用いた現代建築であるが、情報学環・福武ホールは何処か温かみのある印象であった。一方、大分農業文化公園の方は壮大な迫力は感じさせるものの、何処か空虚な印象を受けたのは冬の晴れた寒空のせいだったのだろうか。
さて、この記事で主に話したいのは「住居」についてだ。とりわけ、人が住みつき、生活を営む意味を込めて「住まい」と表現したい。具体的には忠雄さんの「住吉の長屋」と、豊雄さんの今は亡き「White U(中野本町の家)」について述べたい。私の中にある、この2つの建築に対する感情は文章では中々書き表せない、非常に抽象的なものだが、なんとか搾り出して短くまとめてみようと思う。
安藤忠雄「住吉の長屋」
これは1976年の「家」だ。私は「家」と打ち込む前に「作品」と入力してしまったのだが、「住まい」という観点から行くとどうも私の納得する所ではなかったので、敢えて「家」という表現を強調したい。
出来れば写真を載せて細かく説明したいが、著作権というものにどうやら引っかかってしまいそうなので、概要だけ述べたい。
この住宅には建築時のクライアントが今尚住み続けている。東夫妻だ。ほとんどコンクリートのみで作られた住宅で、一見すると無愛想で強圧的、建築家の横暴ともとれる家だが、東夫妻が住まうことによってこその輝きが得られる。言ってしまえば、結局、雰囲気が温かい家なのだ。かといって住みやすい家ではない、夏場は昼:灼熱の太陽を照り返し暑く、夜:昼間の熱をコンクリートが存分に放射し尚も蒸し暑い。冬場は真逆。部屋と部屋の行き来には中庭を通らねばならず寒いのである。(この住宅は基本的には靴を履いて生活するようになっており、寝室にのみ靴脱場がある。これが円形でまた面白い。)こんな住みにくい家なのに何故「温かい」のかというとやはり、東夫妻によるところが大きい。この住みにくさが愛着となって住み続けたくなるのではないか。
忠雄さんは「夏は暑くて冬は寒い、こんな住みにくい家によう住むわ。」と表現し、東夫妻がうまく住みこなしていることを表現している。一種の建築家とクライアントの抗争ともとれる(笑) というのも、この家の家具はほとんど忠雄さんが設計しているのだ。家具をけちると家が粗末になるのをよくわかっていらっしゃる。低予算の、限られた条件であるが、家具にはこだわったのだ。これが生活をつくる身近な礎となるために。
伊東豊雄「White U(中野本町の家)」
こちらは書籍等で十分に理解した上で書いているわけではないので、異論がある方は是非伺いたい。
見てわかるように、白くてU字型の家であった・・・かつて。現存していない建築なのである。これはクライアントの暮らしぶりに大きく関するところである。この家のクライアントは、豊雄さんの姉家族(建築の1年前に夫を病で失い、残されたのは母である豊雄の姉と、その娘二人)である。1976年(よくよく考えると住吉の長屋も同年の作品である。これは私も意図にはなかった。)の建築である。住吉の長屋と同じく、コンクリート打ちっぱなしの「作品」だ。以降21年間住まい続けるが、子供たちの成長・自立(娘たちは20代後半)により、この家には「心」がなくなっていった。つまり、住まう理由を失っていた。当時から建築として高い評価を得ており、豊雄さん自身も打ち壊しには中々気が進まなかったようである。
私はこの建物に、直感的に「あっ、なんか美術館みたいだな」という感想を抱いたのだが皆さんはどうだろうか。実際、長女は「墓石」、妹は「綺麗で安全な空間」とこの「White U」を表現し、妹はこの家を好いていたが、ものを散らかし過ぎる自分のために「ダメだな」という気持ちを抱いてしまったらしい。
建築当初から打ち壊しに至るまで「感情のない家」という風に表現するのがだろうではないだろうか。
真っ白な空間、かすかに漏れる外界の光、不気味なカーブ。そこに不自然に佇むマッキントッシュのハイバックチェアー。
どう考えても空間的な居心地は悪そうで・・・。だからこちらの住居については「住まい」という表現を与えたくはない。この点に関しては私の大好きな中村好文さんに伺いたい所ではある。
実際、「中野本町の家」という言葉の響きは「住吉の長屋」と同じ匂いを発している。だが、それはWhite Uの本質ではなく、"White U"たる冷たさや気高さが建築としての価値を推進していったのだろう。
他の建築家に似ている人がいるとすれば、その建築スタイルは黒川紀章を思い起こさせる。かと言って、メタボリズムの骨頂であるという雰囲気しか無いわけではなく、モダニズムも匂わせる。特に近年はそんな感じがする。バルセロナのトーレス・ポルタ・フィラなんかはまさにモダニズムとメタボリズムのフュージョンのような気がしないでならないのだ。
2つの家を比較すると見えてくるのが「住み手」の重要さだ。住み手にすべて合わせることでもなく、建築としての完成度を高めることでもなく・・・。住み手と建築家の根競べ(しかも長い)のようなものが大きな鍵を握っている気がする。結局は「住まう環境をいかに生み出すか」という点に尽きるのではあるが・・・。そこには生活の楽しみという点で「暮らす」ということをいかに捉えるかが重要な点である。住む人、モノ、家具、庭、ランドスケープ、周辺環境・・・(列挙した中には概念がかぶるものもあるがご愛嬌)、あらゆる要素を思考にいれて建築を作ることが基本的に<貫徹的に>求められる。もちろん、こういった概念は建築に限らず、モノづくりにおいては何にでも必要だ。
さて、最後にちょっと小話。この記事では基本的に「忠雄さん」、「豊雄さん」と呼ばせていただいたが、実は私の建築関連の友人に「あんどう」さんがいて、いつも「忠雄さん」と呼んでいたのがきっかけである。
最近お勧めの建築関連の本は中村好文著、「住宅巡礼・ふたたび」(筑摩書房、2010)だ。2002年の「続住宅巡礼」はが長らく絶版になっており、リメイク版として割愛、フィリップ・ジョンソン自邸を新たに加えて発刊されたものである。美しいスケッチと、人間味あふれる書き味の中村さんの文章がなんとも心地よい。建築の知識がない人でも、普通の読み物としても十分楽しめるだろう。
<1/12/2012 22:14追記>
この、忠雄さんと豊雄さん。同い年ですね。1941年生まれ。
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